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1978年の7月-8月にかけての最初の八重山旅行。写真は多分、川平湾(石垣島)

石垣島

波照間島

訪ね人

大阪南港からフェリーで那覇経由石垣まで。石垣を拠点にして西表島、波照間島、小浜島、鳩間島、竹富島を回る。
南港から那覇までの旅は非常にすいていた。確か4、5人しか客がいなかった。フェリーの最前部に立つと気持ちいいだろうと思ったのが間違いの始まり。立ったとたん突風にあおられめがねを海に落としてしまう。那覇についたら早速眼鏡屋を探す羽目に陥ってしまった。那覇から石垣までは今までと一変して寿司づめ状態。しかも、朝早くに宮古島に立ち寄るのでおこされてしまう。
石垣港は今とはかなり違っていたように思う。確か瀬戸商店の脇で竹富島行きの切符を販売していたように記憶している。
西表島では夜にでたゴキブリの集団に驚く。夜、ゴキブリを横目に、ヤモリの鳴き声を聞きながら歯を磨いていた。
小浜島では丁度西表島から水を引く工事をやっていた。ここでは、初めてダイビングを体験した。ボンベ、マスク、スノーケル、レギレータ、足ひれのみでウエットスーツなして潜った。潜るときは付いてきてくれた案内人が途中で自分はもっと深いところで魚をつくからといって浅瀬にほおりだしていった。パナリ島にもいったが、人影はなくただ椰子ガニが吊されていた。
鳩間島の港は大きな船が接岸できなかったので小さな渡し船にのった記憶と、民宿にとまった女の子が民宿のじいさんがシャワー室を覗くとぶつぶつ言っていた(事実は不明)記憶がある。鳩間島では雨水を大きなカメにためていたように思う。このあたりの島は西表を除き水には苦労していたようだ。
竹富島の港から内部へ続く道はいまのように舗装された道ではなかった。今は、港の周辺だけではあるがきれいに舗装されていて港もこぎれいになっているので少しがっかりしている。港の風景を写真に撮っておけばよかったと思う。
波照間島は最南端の島ということで西表島とともに旅行の最大の目的であった。ここでは、しかし、浜で沖の船が廃棄した油の固まり、オイルボールをみてびっくりした。(直径1cmほどの極小さなものだったが、きれいな海を想像していたのでショックが大きかった。)とはいうものの海は澄んでいた。新婚旅行にここに来たというカップルが10年前にここにきたときは何もなかったといっていたが、当時でもなにもなかった。

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